台湾では現在、新型コロナウイルスワクチンの接種が急がれている。2021年6月上旬、日本が台湾にイギリス・アストラゼネカ製ワクチンを供給することを決めた当時、台湾では厳格な接種順位を定めて進めていた。そのアストラゼネカ製ワクチンをめぐって、台湾の最大野党・中国国民党(国民党)の要人らが騒動を起こし、台湾内でも問題になっている。
2021年6月23日、国民党の元議員で台北市長選にも出馬したことがある丁守中氏が、自身のSNSファンページで、アストラゼネカ製ワクチンを接種したことを明らかにした。5月26日に医療従事者ら第一種接種対象者の枠組みで接種したという。
■接種が優先される年齢でもないのに「特権接種」
丁氏は医療従事者ではなく、1954年生まれであり、70歳以上の高齢者というわけでもない。日米の緊急支援に代表されるように、彼らが接種したのは、感染が急拡大しワクチン不足で社会がパニック状態にあった頃だ。そんな中、「元議員だから」「国民党の大物だから」「接種した病院と関係があったから」などの批判が出た。これらの事件は「特権接種」と呼ばれ物議を醸している。
しかも丁氏は、接種告白の前になる2021年5月12日、「ツアーを組んで中国で中国製ワクチンを打ちに行こう」と呼びかけていた。それなのに、アストラゼネカ製ワクチンを優先接種していた。良識ある国民党議員ほど気まずく感じたに違いない。もっとも丁氏の接種が発覚する以前に、問題は起こっていたのだった。
特権接種が最初にメディアで暴露されたのは、国民党の元議員である黄昭順氏だった。台湾南部の高雄を拠点に、議員活動27年。女性議員の在任歴としては、台湾の憲政史上最長を誇る。しかし2020年の選挙で落選後、党内の要職含め現在は第一線から退いている。
黄氏は「薬剤師資格があることから、医療従事者枠で接種した」という。しかし、薬剤師として登録しているのは北部の台北市だが、政治家としての地元である南部・高雄市で接種していた。また高雄市が取りまとめた接種者リストに名前がなかったことから、「特権接種した」と世論の批判を浴びたのだった。
次に暴露されたのは、中部雲林県前県長(知事)の張栄味氏だ。地元に強固な地盤を築き、2004年の総統選挙では、国民党総統副総統候補の連戦・宋楚瑜両氏の雲林県選挙対策本部長を務めるなど、「雲林王」と呼ばれるほど影響力があった。しかし2018年、在任中にごみ焼却施設にまつわる贈収賄事件で逮捕され、最高裁で有罪確定。5月31日に仮釈放されていたが、6月4日ごろ、ワクチン接種を終えていたとメディアに報じられたのだ。
実は現県長は同氏の妹・張麗善氏である。説明を求められた張麗善氏は、「自分は感染対策指揮官として感染リスクの高いグループで、兄とはよく一緒に食事することもある。リスクが高いので接種した」と話している。保健所も同居家族と認識しているとの説明だったが、ネット民がただちにグーグルアースで両氏の家をチェック。少なくとも40メートル以上離れた「別居家族」であることを突き止め、世論の怒りを買った。
■中国製接種を呼びかけも金のため?
特権接種はまだ続く。次に暴露されたのは副総統も務めた国民党の超大物、連戦夫妻だった。連戦氏は1996年から2000年まで副総統を務め、国民党の名誉主席となっている大物中の大物。息子の連勝文氏は台北市長選に国民党公認候補として出馬するなど、党内で影響力を有している。
一方で、連戦氏は対中窓口の大番頭でもあり、連勝文氏が頻繁に中国製ワクチンの輸入を呼びかけていたのは、一族の中国ビジネスと関係があると考えられる。もっとはっきり言えば、中国との貿易で一番利益を得るのは連戦氏ら関係者ということだろう。しかし、連勝文氏が中国製ワクチンの輸入解禁を呼びかけていた裏で、連戦氏夫妻と関係者がアストラゼネカ製ワクチンを接種していたことがメディアに暴露された。連戦氏は病気で治療中ということで、病院側が医療従事者と同等の対象者として扱ったという。
しかし付き添いの妻だけでなく、ボランティアら「関係者」も一緒に接種したことが発覚。明らかに大物政治家らへの特権接種事件として、病院は台北市から30万元(約119万円)の罰金が科せられた。しかし、先述の丁氏はここの病院の経営陣に名を連ねて接種したことから、大規模な特権接種が行われていたのではないかと、現在、引き続き議員らが追及している。
コロナ禍で、国会審議の中心が感染対策になる中、いつも蘇貞昌行政院長(首相)と台湾中央感染症指揮センター(台湾CDC)指揮官の陳時中・衛生福利部長(厚生相)を、独特なハスキーボイスで舌鋒鋭く追及する議員がいる。頼士葆氏だ。
1998年から中国統一志向が強い政党「新党」から出馬して当選。のちに国民党に鞍替えし、議員生活15年以上のベテラン議員だ。議会では予算委員会に所属することから、感染対策におけるワクチン購入に、一段と声を張り上げ批判を展開。その姿は何度もメディアに映し出されていた。さすがにこんなにも強硬な議員が特権接種はしないだろう、ましてやアストラゼネカ製ワクチンを打つなんてもってのほかだろうと思われていたさなか、頼氏も接種していたことが明るみになった。多くの有権者があきれてしまったのは想像にたやすい。
■「ワクチン受け取りは物乞い」と批判しながらも…
ちなみに日本人として忘れがたい元議員がいる。張顕耀氏だ。現在は「浪人」中だが、2018年に台北市長選で国民党の公認をめぐって先の丁氏と争った政治家だ。なぜ忘れがたいのか。それは、日本政府が台湾へアストラゼネカ製ワクチンを供給することを発表した際、「日本は本気で台湾を助けたいと思っているのなら、なぜファイザー・ビオンテック製あるいはモデルナ製を送らないのか。日本人がいらないと言ったアストラゼネカ製ワクチンを受け取るべきでない」とSNSで難色を示し、「台湾人はワクチンの物乞いに成り下がっている」との批判を展開してきたからだ。
ところが、である。5月28日には、そのアストラゼネカ製ワクチンを接種していたとメディアに暴露された。ただちに当局が捜査を開始し、病院と張氏にそれぞれ30万元と1万5000元(約6万円)の罰金が科せられたのだった。
相次ぐ国民党員の特権接種の発覚で、人々が国民党に持っていた腐敗のイメージが呼び覚まされてしまった感は否めない。ちなみに一部でこれら特権接種をした国民党議員らをマンガ『ドラゴンボール』のキャラクター「ギニュー特戦隊」にちなみ「AZ特戦隊」と揶揄し、皮肉にもアストラゼネカ製ワクチンの接種に及び腰になりつつあった高齢者へ、接種を促す最高のPR材料になっているという。
新型コロナワクチンをめぐって露呈してしまったダークなイメージを払拭できるのか、国民党に残された時間はあまりない。
原文出處 東洋經濟