台湾政府、5日から大人1回3枚を支給
台湾政府は今月2日、政府支給のマスクは5日から週あたり大人が2枚から3枚に、子どもは4枚から5枚に増やすと発表した。台湾経済部の発表によると、3月2日の週時点で1日平均820万枚のマスクが製造されており、翌週には100万枚増産される予定となっている。これらマスクは、台湾全土の健康保険特約薬局6,285カ所、衛生所303カ所で配布される。
今回の新型コロナウイルス対応の中核を担うのは「中央感染症指揮センター」(中央流行疫情指揮中心)である。同センターは、日本の厚生労働省にあたる衛生福利部の下部組織で、今年1月21日の設置以降、連日午後2時に記者会見を開く。会見の模様はYouTubeなどを通じてライブ配信されるうえ、内容はLINEやFacebook、TwitterといったSNSのアカウントや、衛生福利部の公式サイトでもその日の情報が適宜、発表される。さらに、これら公式発表におけるポイントは、夕方以降のニュース番組で各局が報道するため、情報は市民にもしっかり浸透している。未曾有の混乱にありながらも、台湾政府による情報は今、何がどうなっているのかを丁寧に知らせることに重点が置かれており、ある種の安心をもたらしているといえる。
連日の記者会見で発表の中心人物となっているのは、衛生福利部の部長・陳時中氏だ。衛生福利部では初めて歯科医師出身で部長職に就任し、台湾東北部基隆市に停泊していたクルーズ船、スーパースター・アクエリアス号(寶瓶星號)の乗客を下船させる際、自ら先頭に立って乗船し、マイクで船内の台湾人に向けて「皆さん、もう帰れます」と呼びかけた。その柔らかで落ち着いた口調は、混乱を鎮めるに適任だ。
センターから発信される「今、一人一人が何をすべきか」は、さまざまなメディアを通じてかなり明確に伝わってくる。たとえば、人の密集していない屋外ではマスクの着用は不要であること、屋内で人の密集する場所ではマスクを着用すること、とりわけ15分以上の会議などでは着用すべきこと、帰宅したら手洗いを行うことなど、個人にもできる対策はあるのだ、と理解できる。
それでも、台湾の暮らしに混乱がないわけではない。日本同様、トイレットペーパーも一時期、棚から消えたし、なんといってもマスクの入手は格段に難しくなっていた。だが、そうした状況を打開したのもまた、台湾政府である。
台湾では、2月初旬からマスクの供給は政府の管理下に置かれ、2月16日から実名制によるマスクの受け取りが始まった。以降、指定の薬局で健康保険証を見せると、週に一度、決められた枚数を受け取ることができる。滑り出しこそ、医療現場での不足が明らかになるなど大きな混乱が見られたが、次第に落ち着きを取り戻しつつある。それも、マスクの実数含めて増産されることが大きく報じられ、「どんな時に必要なのか」も周知されてきたからだろう。
マスクは市民にどう届けられているか
3月3日午前、筆者はマスク受領のため、自宅近くの薬局へ向かった。自宅から薬局まで徒歩5分ほど。9時半の開店前にもかかわらず、早くも30人ほどの行列ができていた。ほとんどの人がマスクを着用している。すでに出勤時間を過ぎているからか、列には年配の姿が多い。前に並ぶ男性に声をかけられた。
「あなた、保険証、何枚持ってる?」
「2枚です」
「そうですか。私は3枚なんだ。1人につき保険証2枚までだからね。また並ぶとしよう」
聞けば、会社員ですでに職場に向かった娘さん2人の保険証を持参してきたのだという。受け取りは制限があるものの、保険証の本人と受取人が異なるのは問題ないようで、筆者も家人の分をあわせて受け取った。
開店を待つ間にも、次々と人がやってくる。しばらく経つと、店の人が出てきて、番号札を配り始めた。保険証を確認し、枚数に応じて番号と日付の書かれた紙を渡す。この行列は、人々の情報交換の場ともなっているようだ。
後ろに並んでいた女性が訊いてきた。
「あなた、台湾人じゃないわよね。いつ台湾に戻ってきたの?」
「ええ、日本人です。私は台北に暮らしていて、ずっと帰国していません」
答えを聞いて相手は安心たような表情を見せた。日本人だと警戒されたのだろう。日本の状況は、連日詳細に報道されていて、感染者数や死亡者数だけでなく、北海道の緊急事態宣言などもニュースになっている。仕方のないことだが、肩身が狭い。
薬局が開いて、マスクの支給が始まった。それでも、保険証番号を入力する時間がかかり、すぐには受け取れない。薬局の入り口で再び保険証を確認され、時間短縮のため、金額を先に告げられた。受け渡し場所になっているレジ前へ向かう。保険証を渡すと、データ入力している。不正受給を防ぐため、保険証番号に今週分を受け取ったことが記録されるのだという。結局、並び始めてから受け取りまでにかかった時間は30分ほどだった。
筆者が受け取ったのは、合計4枚。マスク1枚につき5元という価格は一律だ。料金は4枚で20元(約70円)。入っていた紙製の袋には、マスク使用のポイントとして「呼吸器に症状が見られる時、慢性病の持病がある時、病人の見舞いあるいは付き添い時」に使用するよう書かれている。マスクは耳にかけるひもを取り出すタイプで、薬剤師さんは「ここを耳にかけてください」と説明をそえながら渡してくれた。
同じ通りには、ほかにも2軒の薬局がある。うまいことに、1軒は午後2時からの配布、別の1軒は夕方6時からとなっているそう。筆者が受け取った薬局で確認したところ、近隣と時間を申し合わせたわけではなく、各自都合のよい時間を決められるのだとか。
「よその店では番号札を配らないところもあるし、いろいろですよ」
マスクが受け取れるのは週に一度だ。並んでいた女性におしゃべりついでに「別の薬局に並んで見たことあります?」と訊いてみたところ「あらだめよ、そんなの。今週分を受け取ったことは記録されてるんだから、並ぶだけ無駄よ」と笑われた。女性の知り合いが試してだめだったらしい。
待たされはしたものの、比較的スムーズに受け取ることができた。店によっては、退勤後の会社員が受け取れるよう、夜の時間に配布する場所もあって、20時に受け取った例も耳にしている。
また各店舗の在庫情報は、アプリに集約されており、誰もがどこへ行けばいいか把握できるようになっている。さまざまなツールがあって、逆にどれを見たらいいのかわからない点が気にはなるものの、こうした細やかな配慮があることで、大きな混乱が起きずに済んでいるのだ、と感じられた。
それでもマスクの数を潤沢というには難がある。病院に勤務する知人は、「医療現場でも十分にあるわけではない」と話していた。とはいえ、少なければ少ないなりに使い方を考えるし、何より「受け取れる場所がある」というだけで安心感があり、心強い。
台湾の健康保険制度と普段のマスク
どこの仕組みや制度にも課題はつきものだが、とはいえ、今回のマスク支給にあたり、台湾では健康保険の仕組みがうまく利用されている例といえる。
台湾の社会保険制度は1958年にスタートし、その後しばらくは軍人や公務員など特定の職業に限定された制度だった。それが皆保険を目標としてと大きく舵を切ったのは1994年。1987年の戒厳令解除から7年経ってからのことだ。
現行の健康保険証は身分証とは別のカードで、写真とIDナンバーが記されている。利用の仕方は日本と基本的には変わらない。各種医療機関を利用する際に提示し、西洋医だけでなく漢方医でも利用可能だ。
筆者は台湾の配偶者ビザがあるため、保険制度を利用できる。在台4か月以上であれば、申請し、保険証の入手が可能になる。日本の健康保険は住民登録と紐づけられているため、日本では住民登録をしない以上、基本的には自己負担だ。
保険料は、国の財源のうち、保険料、タバコ・酒類の税金、宝くじの収益などから成り立っている。だが、日本同様、少子高齢化の進む台湾で、その負担は決して少なくない。さらに、台湾に戸籍がある人であれば利用できることなどもあり、海外在住者が台湾の医療を受けるために帰国する例が後を立たないことが疑問視されている。
今回の新型コロナウイルス問題が起きる前から、台湾では基本的にマスクの利用率が高いと感じていた。バイク大国台湾では、乗車の際、マスクをして運転する姿をよく見かける。排気ガスの影響が少なくて済むし、日焼けも防げて、冬などは防寒にもなる。筆者は一時帰国の際に、日本で販売している高性能のマスク購入を頼まれたことがある。台湾人の日本土産としては、かなり人気の高い商品だ。
台湾への入境には慎重な行動を
今回、台湾は早くからコロナ対策を実行している。その成果として感染者数は韓国や日本に比べると多くない。日常生活は感染に気をつけながらも、これまでとほぼ変わっていない。
今後、特に心配なのは、日本と台湾の往来だ。先月末から日本から台湾への入境には、「自主管理健康管理措置」が求められている。これはつまり、日本からの旅行客に対し、1日2回の検温、行動の記録、外出時のマスク着用、公共の場所への出入りを極力控える、といった対応を求める内容だ。
3月3日の日本台湾交流協会からの通達によれば、「日本から台湾に来た日本人旅客の中で,台北市内の観光地等を訪れた際の体温測定により高熱が発覚し,施設への入場を拒否され,その後医療機関を受診した事例が複数発生」しており、中には、入院もホテル滞在も拒否された例があったという。症状が見られる場合、検査結果が明らかになるまで台湾から出ることはできないし、もしも陽性なら一定期間、強制隔離される。
その旅行は、その出張は、どうしても今でなければならないのか。世界中が混乱している今だからこそ、もう一段の冷静な対応が求められる。
田中美帆
台北在住フリーランスライター、編集者、字幕校正者
1973年愛媛県生まれ。創価大学文学部日本語日本文学科卒業。16年半の出版社勤務を経て2013年、台湾大学語文中心に語学留学。翌年、台湾人と国際結婚。2016年、上阪徹のブックライター塾3期修了。台湾での仕事に、エバー航空機内誌『enVoyage』編集のほか、雑誌『& Premium』コラム「台湾ブックナビ」執筆、台湾ドキュメンタリー『回郷』字幕校正など。
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